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Web屋パパの日々の泡

子育て、ウェブ、サッカー、キャンプ、とりあえず身の回りのいろんなことを自分のログとして書き記していくブログです。

クラフトブーム、クラフトフェアブームについて感じることとか

毎年灯しびとの集いの終わりに、会長の辻野さんが公式にメッセージを発表する。これがなかなか楽しみで終わってからの一週間くらいをドキドキしながら見守っている。

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クラフトフェアは全国至る所で開催されるようになって来て、特に珍しい物でもなくなって来た。だからどうとかは多分なくて、自分たちは自分たちで、良いと思ったことを遣って行くだけなんだな。外野が騒がしくなるのはそれだけ期待されているからで、そんなことよりも会場にいる人たちの楽しそうな表情や、SNSに上がっているポジティブな反応を見てるとボランティアの自尊心もかなりくすぐられる。会自体の意義とかそういうことではなく、純粋に自分の生活に必要な物を探しにくる場所として認知され、期待され、そして楽しんでいることが伝わってくる。

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今、クラフトはブームの坂を登っています。「灯しびとの集い」を始めた当初、クラフトをブームにはしたくないという思いは強く、ブームになった後の衰退を恐れていました。しかし、やはりブームはやってきました。

ブームっていうと、まあブームだよね。本当にいろんな選択肢が出て来た。その中で単純に好きな物を選べばいいんだし、数多のクラフトフェアの優劣なんてのは見に行く人に取っては関係ないよなーと思う。出展する側にはまた違うんだろうけど。

さて、この「流行」を皆さんはどんな風に捕らえますか? “本当にクラフトとして秀逸な生活の道具という作品を、人々の暮らしに滑り込ませる。” そんな狙いを持って始めた「灯しびとの集い」は、単純に手作りの物が市場に氾濫する様子に危惧を感じながら、クラフトフェアを開催してきました。しかし、実際にその現実が目前に広がり、多くの人がそれらに関わるようになりました。ところが、その事実は直面してみればそれほど怖いことではありませんでした。


状況を楽しめるっていうのはすごいことだなあ。マーケットが広がっていて、成熟してくる。少しスピードは速いかもしれないし、かつてブランドや外食で消費していた人が家の中にシフトしているだけかもしれない。でも、イケアや無印だけではなくて、ウェッジウッドノリタケだけではなくて、個人作家のエッジの聞いた器が食卓に増えて行くということは面白いことだな。

クラフト自体を意識することなく、その物が人の暮らしに自然と寄り添うことで、その個人の「ブーム」は終わっているのでしょう。

ここの言葉がずっとひっかかっている。クラフトを買いに行く、クラフトと生活をするということは何年か近くにいると特別なことではなくなって来て、なんとなく心にあった感情を汲み取ってくれるようですっきりとする。言葉は偉大だなあ。家に帰って、好きな器並べてご飯を食べる。一日の終わりは毎日やってくるけれど、その時間が彩られるのはとても心地よい。特に意識はしないけど毎日食べる食事の時間が心地よいというのは、やっぱり人生そのものが豊かになるとういのか、楽しく過ごせるということだよなあ。

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なんとかさんの皿、なんとかさんの鉢、なんとかさんのグラス。気に入って少しずつ買い集めた器に囲まれた夕餉。その日常がたまらんなあ。


灯しびとの集い